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スポーツ遺伝子
ヒトゲノム(遺伝子情報)解析が一段落し、個人差や体質に関わる遺伝子の研究が盛んに行われるようになってきています。スポーツ能力や健康状態に関連する可能性のある遺伝子も近年次々と報告され、今やその数百以上にのぼっています。そんな中、ある民間企業の委託で、「スポーツ遺伝子検査」に関わる学術的サポートを行うことになりました。そこで今回は、私自身が関わることになったACTN3という遺伝子を例に、スポーツ能力に関連する遺伝子について紹介します。

【遺伝子の変異と多型】
遺伝子は、私たちの体をつくるタンパク質の「設計図」といえます。遺伝子DNA上には、アデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類の塩基が連なっていて、これらの塩基の配列の順序が一種の暗号となっています。例えば、筋タンパク質であるミオシンがつくられる時には、ミオシン遺伝子(MHC)上の暗号が読みとられ、これをもとにミオシンが合成されます。このような過程を、「遺伝子の発現」といいます。一方、何らかの原因で遺伝子配列の一部が変化すると、目的とするタンパク質がつくられなくなったり、十分に機能できなくなったりします。これを「遺伝子の変異」といいます。「突然変異」がよく知られますが、同じ変異が高頻度で観察される場合(通常1%以上)、これを「遺伝子の多型」と呼びます。遺伝子多型は個人差や体質の主な要因と考えられます。

【ホモ接合型とヘテロ接合型】
同じ一つのタンパク質をコードする(設計図となる)遺伝子についてみると、私たちは母方からもらった遺伝子と、父方からもらった遺伝子の、一対のペアを持っています。父方由来の遺伝子と母方由来の遺伝子が全く同じ場合を「ホモ接合型」、それぞれが異なる場合を「ヘテロ接合型」といいます。

【速筋線維に発現するACTN3】
さて今回ご紹介する ACTN3という遺伝子は、α-アクチニン3というタンパク質をコードしています。α-アクチニンは筋線維のZ膜という構造をつくるタンパク質です。ヒトのα-アクチニンにはα-アクチニン2とα-アクチニン3の2種があり、それぞれの遺伝子を ACTN2、ACTN3と呼びます。 ACTN2は速筋線維と遅筋線維の両方で発現していますが、 ACTN3は速筋線維にのみ発現していることがわかっています。

【ACTN3 の多型とスポーツ能力】
ACTN3 には、α-アクチニン3のアミノ酸配列の中で577番目のアルギニン(R)の暗号となるべきところが、「暗号の読みとり終了指令」(X)に置き換わってしまう変異が30〜40%という高頻度で存在します。このような場合、正常な遺伝子を「R」、変異をもつ遺伝子を「X」と略称します。したがって、私たちがもつ遺伝子型には、「RR」(ホモ)、「RX」(ヘテロ)、「XX」(ホモ)の3通りが生じます。XX型では、正常なα-アクチニン3はつくられませんが、α-アクチニン2が肩代わりをすることで、筋線維としての機能は維持されると考えられています。オーストラリアのYangら(2003)は、さまざまなレベルの運動選手を対象として、ACTN3 の遺伝子型の頻度を調べ、次のような結果を報告しています(RR:RX:XXのおよその存在比で示す。男女とも同じ傾向):一般人で3:5:2、オリンピックレベルのスプリント/パワー系選手で5:5:0、オリンピックレベルの持久系競技選手で3:4:3。この結果から、少なくともひとつのR遺伝子を持っていることが、スプリント/パワー系競技には有利にはたらくことが示唆されます。

【日本人には持久力タイプが多い?】
 ACTN3の多型には人種差のあることも報告されています。上記の存在比(一般人)、RR:RX:XX=3:5:2は白人の場合で、アジア系ではXX型が30%以上存在するようです。一方、アフリカ系黒人では、XX型は3%以下しかいないとされています。これをストレートに解釈すると、遺伝的特性からみて、アフリカ系黒人はスプリント/パワー系競技に向いていて、アジア系人種は持久系競技に向いているということになります。日本人のデータはまだ十分になく、これから集まってくるという段階です。

【トレーニングへの反応は?】
 仮にスプリント/パワー系競技選手でRR型であっても、安心はできません。Ckarksonら(2005)は、筋力トレーニングによる筋力の伸び率を比較し、XX>RX>RRであったと報告しています。RR型はそもそもすぐれた筋力発揮特性をもつものの、かえって筋力トレーニングに対する反応性が鈍いのではないかと思われます。この点を克服するような、トレーニングの工夫があればこそトップレベルになれると考えるきでしょう。

【生理学的メカニズムはまだ不明】
 ACTN3の多型は、これまでに報告された遺伝子多型の中で、スポーツ競技力との関連性が最も顕著なものといえるでしょう。しかし、その生理学的メカニズムはまだ明らかではありません。そもそも、α-アクチニン3は速筋線維にしか発現しませんので、RR型とXX型では、見かけ上同じ速筋線維でも収縮特性や疲労耐性が若干異なるのかもしれません。また、ACTN3の遺伝子多型が筋線維組成(筋の中の速筋線維の割合)そのものに関連しているのかもしれません。これらの点については、今後調べていく予定です。



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