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コーチ
子供と常に会話2-6
私が巨人軍の外野守備走塁コーチの要請を受けた97年の秋(正式契約は98年から)私は秋のキャンプに合流しました。 その時私は極力選手と対話することを心掛けました。
選手時代に一緒にプレーした選手も多かったのですが、仁志や清水は私が退団した後に入団した選手でした。
仁志選手との会話はこの様な事でした。
お互いよろしくの挨拶から始まり、仁志の目指している野球は何番打者になりたいのか。
盗塁に対する考え等の質問をしました。
96年新人王を獲得した仁志は、97年シーズン6番か7番を打ち、初球から高めのボールに手を出し、凡打してしまう荒っぽい選手でした。
盗塁数も前年の17から10に減り、何より簡単に人の言う事を聞かない頑固さを持っていました。
質問に対する答えはこの様なものでした。

「自分でも何番を打っていいのか。打たされるのがわからないんです、「つい初球に手がでちゃうんです、走れって言われても盗塁の事、教えてもらってないですから。」
私はこれではいけないと思い、仁志に「君は1番打者になりなさい、ボールを打つんだったら、普段のバッティング練習から絶対ボールは打たないぞと強く念じて練習しなさい」「盗塁の技術は僕がぜんぶ教えてあげる」
と答えました。 私自身も必死に盗塁技術を教え込みましたし、彼も良く練習しました。
部門外のコーチですが時間が空くとバッティンゲージのうしろから、「仁志今打ったのボールじゃないか」とちくりとやりました。
今では、彼はボールを打ってしまった時、それがどんなにいい打球であっても打ってしまった事を悔しがる選手に迄なっています。
もし彼との対話がなければ、今も仁志は自分の目指す野球を見つけられずにいるかもしれません。
選手の気持ちを知る意味でも、常に対話を心掛けることは指導者の第1歩なのかもしれません。

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